2018年5月13日日曜日

京都国立博物館「池大雅 天衣無縫の旅の画家」と京都御所参観


京都国立博物館「池大雅 天衣無縫の旅の画家」に行った。
年間スケジュールやチラシなどで開催概要は知っていたが、
地味な印象が先立っていたのでスルーしてた展覧会だ。

「南画の大成者」として名高いが、現代の日本では
応挙や若冲ほどのネームバリューがない大雅。
GW明けに組まれてたニコニコ生放送特集を見てたら
「生で見てみたいなー」と興味をそそられたので日帰りしてきた。

これまで文人画や南画といったジャンルのものを眺める機会は少なく、
見た目に鮮やかな応挙や若冲、インパクトの塊のような蕭白や芦雪と比べれば、
地味で古典的なイメージであり、また、当時の権威である狩野派とも違う、
文化層特有の細々しさを感じて、面白みがあまり分からなかった。
しかし、生で見て感じたのは、絵画だけではなく、
書と合わせて、または書そのものが魅力的であった。

穏やかで、示唆に富んで、画題も知識階級の嗜みとも言える
中国の詩や中国絵画を真っ向から受け止めてるものが中心でありながら、
西洋画技法の空気遠近法や印象派を思わせる点描、
時には大胆な構図の作品も散りばめられて、
宗達や光琳の影響も伺わせるような描画スタイル、
古典的な水墨画を自己研鑽して描く日本の風景。
そしてとにかく巧くて自在な書跡。
なるほど、大雅が長年愛されてきた理由が少し理解できた気もする。



邪推だが、先の国宝展に池大雅作品が出品されてたら
ゲップが出るほど豪華絢爛な国宝の中で、
さほど目にも止まらず素通りしてたかも知れない。
大回顧展だからこそ、大雅の人となりや繊細な作品を
堪能できた感じが残る。

美術展に行ったら、これ欲しいと思う作品を一つは決めるようにしてるが、
今回は雲がかった富士から覗く山肌が少しやらしい
「白糸瀑布真景図」が気になった。「東山清音帖」も欲しい。
書では「唐詩五体書画帖」を部屋の壁に飾りたい。


時間が余ったので、京都御所も参観してきた。
御所といえば、参観するには申し込みをしなければならないイメージだったが、
数年前から通年公開してるとは知らなかった。
庭園は一本一本の木に至るまで手が入ってるし、
檜皮葺の屋根は美しいし、なんといってもお内裏様のプレミア感。





建物自体は幕末に造られたばかりとはいうけども、
光源氏の世界を今も残す風景には、さすがに息を呑む。
尖った美しさや衝撃は少ないけど、王道とはこんな感じなのかと見せつける。
やはり宮内庁所轄の御殿や庭園は一通り見ておきたいな。


後追いが感じることではあるが、昨今の日本美術ブームの牽引者として
赤瀬川原平・山下裕二「日本美術応援団」の役目は大きいと思うが、
彼らの見立て方は権威と対するアンチテーゼ的に
日本美術の裾野を広げ見て、市井の名作を発掘してきた点を感じる。
それはつまり、権威や王道にも精通してるからこそ養われる視点だ。

しかし、昨今の日本美術ブームはその基本を脇に追いやり、
派手な面や尖った点にスポットライトを当て、
見た目に面白いものばかり目立たせてる気もする。

もちろんそちらの方が入り口としては取っ付きやすいが、
入り口をくぐり日本美術の面白さが分かってきた身として、
その先の南画や日本建築、戦中戦後の現代アートにも興味を持ち、
折にふれて生で見て、自分視点の好き嫌いを決めていこう。

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